大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1314号 判決 1963年10月15日

控訴人(附帯被控訴人) 株式会社平野屋

被控訴人(附帯控訴人) 安田忠雄

主文

本件控訴並びに附帯控訴は、いずれも、これを棄却する。

控訴審において生じた費用はこれを五分し、その一を被控訴人の、爾余は控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は第一、三一四号事件につき「原判決中控訴人の勝訴部分を除きその余を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を、第七三号事件につき「被控訴人の附帯控訴棄却、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人は第一、三一四号事件につき「控訴棄却、控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を、第七三号事件につき「原判決中被控訴人の敗訴部分を取消す。控訴人は被控訴人に対して金五〇万円に対する昭和三二年一〇月一〇日から昭和三五年八月二二日までの年六分の割合の金員を支払え。附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は控訴代理人に於て

「訴外株式会社一〇加藤商店は本件手形の割引をうけて、これを訴外株式会社三和銀行に裏書譲渡したものであるから、右裏書は隠れた取立委任裏書ではなく、実質上も右手形上の権利を移転した単純な裏書である。(原判決事実摘示にかかる控訴人の答弁中第一審原告主張(三)の事実に対する認否の末尾に附加される主張)

又原判決事実摘示中控訴人の答弁として第一審原告主張(五)の事実の認否中その余の被控訴人主張事実は認めるとあるのは控訴人の答弁の趣旨を誤解した判示である控訴人は右(五)の事実の認否中右のその余の被控訴人主張事実の認否については、本件手形の旧第二、第三裏書欄の記載部分がそれぞれ斜線を交叉して抹消され、第一裏書欄に接続するように補箋を附着させてあること、而して右補箋の新第二裏書及び第三裏書欄に被控訴人主張の如き裏書があること、右旧第二、第三裏書部分の抹消、補箋の添付並びに第二裏書の記載がなされたのは被控訴人が本件手形を取得する以前でしかも昭和三二年九月中であることは認めると答弁したもので、従つて原判決中被控訴人主張事実に対する控訴人の認否はこのように改められるべきものであり、尚右旧第二裏書欄及び第三裏書欄の各抹消の斜線部、押捺の印が、それぞれ右旧各裏書人北海油肥興業株式会社及び株式会社一〇加藤商店の各代表者名下に押捺の印と同一であることは認める。

又手形上の権利の移転関係は、例えば裏書が期限後裏書であるかどうかは手形に記載の日附によるべきではなく、現実に当該裏書のなされた日によつて決定されるべきであるが、その他は手形上の記載によつて表現されねばならぬし、その効力も右記載によつて決定されるべきであるから、本件手形の裏書の記載からすれば仮りに株式会社一〇加藤商店が旧第二裏書によつて一旦手形上の権利を取得したことがあつたとしても右裏書の抹消によつて右旧第二裏書は初めからなかつたことに帰着し、右抹消された裏書による右一〇加藤商店に対する権利移転はあり得ないし、従つて又右旧第二裏書によつて一〇加藤商店が取得したと主張する手形上の権利自体を被控訴人が譲受けるに由ないものである。」

と述べ、

被控訴人に於て

「本件手形は控訴人主張のとおり訴外株式会社一〇加藤商店が割引をうけて訴外株式会社三和銀行に裏書譲渡したものであるが、手形は流通促進上取引銀行に割引を依頼し、かつ、同時に取立を委任するのが通例で、この場合取扱銀行が単純な裏書譲渡の形式を好む場合があるがこれは形式上の問題で実質的権利の伴う裏書ではなく、隠れた取立委任裏書とされるのであつて、本件も亦このような隠れた取立委任裏書である。従つて昭和三二年七月一五日の満期呈示のときの本件手形の実質上の権利者は株式会社三和銀行ではなく株式会社一〇加藤商店である。

尚本件手形は被控訴人に於てこれを取得後の昭和三二年一〇月九日再度支払場所に支払のため呈示されたのであるが、原判決は呈示期間経過後支払場所に支払のためなされた右呈示は不適法で無効であると判示した。しかしながら、控訴人は昭和三二年一〇月五日付の書面で被控訴人に対して本件手形金支払拒絶の意思を表明しているから、被控訴人としては遠隔の地にある控訴人の営業所に於て支払を求めるために本件手形を呈示することが困難であつたばかりでなく、無意味でもあつた訳で、かかる場合にはそもそも呈示を必要とせず呈示があつたと同一の効果を認めるべきもの、即ち被控訴人が右再度の支払のための呈示によつて本件手形金請求の意思があることを客観的に明確にした昭和三二年一〇月九日の翌日以降控訴人は本件手形金支払遅滞の責に任ずべきである。又約束手形につき、その呈示期間経過後に支払場所に支払のためその呈示がなされたとき右呈示は振出人を遅滞に附する効果があると判示した大阪高等裁判所昭和二八年四月二四日言渡の判決例がある。

以上、原判決はこの点の法律解釈を誤り、被控訴人のなした前記再度の呈示を無効とし、右呈示の日の翌日である昭和三二年一〇月一〇日以降昭和三五年八月二二日(本訴状送達の日)までの間の本件手形金に対する遅延損害金請求を棄却したが、これは不当であるから、ここに右支払を求めて附帯控訴に及ぶ。」

と述べ、

控訴代理人に於て証拠として当審証人加藤欽一の証言を援用した外は、原判決事実摘示(但し控訴人が前記の如く答弁を訂正した関係部分を除く)と同一であるからここにこれを引用する。

理由

控訴人が昭和三二年五月六日、金額五〇万円、満期同年七月一五日、支払地振出地とも大阪市、支払場所株式会社第一銀行船場支店なる本件約束手形一通を訴外池崎勝海にあてて振出し交付したことは当事者間に争なく、而して成立に争のない甲第七号証の一、原審証人武川政弘、池崎勝海、当審証人加藤欽一の各証言並びに成立に争のない甲第一号証(本件手形)の表面の記載並に右各証人のそれぞれの裏書記載につきそれぞれの証言により成立を認めることのできる裏面記載と補箋記載を綜合すると、(1) 右池崎は右振出を受けるや直に本件手形第一裏書らんに同月一〇日付で裏書人として署名捺印しこれを訴外北海油肥興業株式会社代表取締役である武川政弘に交付し、右武川は昭和三二年五月中頃右会社代表取締役として右会社の訴外株式会社一〇加藤商店に対する債務金七〇万円の一部支払のため本件手形を右一〇加藤商店に白地式裏書により譲渡したこと、(2) 右一〇加藤商店は同年六月三日株式会社三和銀行から本件手形の割引をうけ、右第二裏書らんの被裏書人の箇所に自己の会社名を補充せず白地のまゝにしてこれを右銀行に裏書譲渡したところ、同銀行は右第二裏書らんの被裏書人の箇所に軽率にも株式会社加藤商店と誤り記入した上満期日支払場所に支払のため右手形を呈示したので、右手形は裏書の連続を欠き形式不備であることを理由に支払を拒絶されたこと(但し、(2) は第二裏書らんの被裏書人の箇所が白地のまゝで譲渡されたとの点を除き当事者間に争いがない。)(3) 右一〇加藤商店に於てその後一箇月前後して本件手形を三和銀行より再取得したことが認められる。

ところで、右手形の呈示拒絶当時第一裏書らんには裏書人として池崎勝海の署名捺印、被裏書人として北海油肥興業株式会社、裏書日附昭和三二年五月一〇日の各記載があり、第二裏書らんには裏書人として北海油肥興業株式会社取締役社長武川政弘の記名捺印、被裏書人として株式会社加藤商店、裏書日附昭和三二年五月一五日の各記載(旧第二裏書)があり、第三裏書らんには裏書人として株式会社一〇加藤商店取締役社長加藤欽一の記名捺印、被裏書人として株式会社三和銀行、裏書日附昭和三二年六月三日の各記載(旧第三裏書)があつたこと、その後昭和三二年九月に右旧第二、第三裏書らんの記載がそれぞれ斜線を交叉して抹消され、第一裏書らんに接続するように補箋(別の約束手形用紙裏面)が貼付され、これに第二裏書として裏書人北海油肥興業株式会社取締役社長武川政弘、被裏書人株式会社一〇加藤商店、裏書日附昭和三二年五月一五日の各記載(新第二裏書)がなされたことは当事者間に争がな

原審証人武川政弘の証言、右証言により成立の認められる甲第四号証の一、当審証人加藤欽一の証言及び前記甲第一号証によると株式会社一〇加藤商店は前記の如く三和銀行から本件手形を再取得した後北海油肥興業株式会社代表取締役武川政弘に対して厳重な償還請求をなしたが、右会社に於ては資力がなくてこれに応ずることは出来ず、他方右武川に於て本件手形の支払銀行である株式会社第一銀行船場支店に照会したところ、旧第二裏書の被裏書人として加藤商店とあるのを一〇加藤商店と訂正して裏書の連続形式をとゝのえた上再度の取立がなされれば善処する旨の回答が得られたので、関係者協議の上右回答に応じて右一〇加藤商店に於て再度の取立をなすべく旧第二裏書の被裏書人加藤商店とあるのを一〇加藤商店と訂正しようとしたが、既に該箇所にはビニールテープが貼付されてあつて一〇を附加して訂正することが不能であつたので右武川政弘及び一〇加藤商店に於て右訂正の方法として前記の如く補箋の貼付、旧第二、第三裏書の抹消と新第二裏書をなしたこと、ところが右一〇加藤商店は右手形を再度取立にまわすことなく、当時被控訴人に対して五〇万円程の箱代金債務を負担していたのでその支払のため昭和三二年九月二七日本件手形を被控訴人に裏書(新第三裏書)譲渡し、而して被控訴人は同年一〇月九日本件手形を再度支払場所に支払のため呈示したが拒絶されたことが認められる。

ところで、控訴人は本件手形は控訴人が訴外池崎勝海のために振出した所謂融通手形で右池崎は右事情を知れる武川政弘にその割引の斡旋を依頼して白地裏書のまゝこれを交付したところ、同人はその白地の被裏書人の箇所に被裏書人として自己が代表取締役をしている北海油肥興業株式会社の名を勝手に記入してこれを不法に領得したものであるから、右会社は本件手形上の権利を取得するに由なく、仮りに右主張が理由がないとしても控訴人は右会社に対する合計五〇万円の手形金債権で以て本件手形金と相殺する権利を有するところ、右会社は満期後なされた新第二裏書により本件手形を一〇加藤商店に、右一〇加藤商店は更にこれを満期後の新第三裏書によつて被控訴人に順次譲渡した、よつて債権譲渡の効果しかない期限後裏書によつて本件手形を取得した被控訴人に対して控訴人は北海油肥興業株式会社が無権利者であるという抗弁事由を、仮りに右抗弁が容認されないとすれば前記相殺権行使を以て対抗できるから、本件手形金の支払義務はなく、尚本件手形の抹消された旧第二、第三裏書は初めからなかつたことに帰着するから右抹消された旧第二裏書による一〇加藤商店に対する本件手形上の権利移転はこれ又初めからなかつたことに帰着し、従つてこの権利を新第三裏書によつて譲受けたとする被控訴人の主張は失当であると抗争するので考察するに、成る程裏書の抹消は手形法第一六条の関係に於て記載されなかつたものと看做されるけれども、その法意は抹消された裏書は当該裏書の被裏書人及びその後の被裏書人に対して手形上の権利者であることの形式的な資格授与的効力を生じないというに過ぎず、その所持人が他の立証方法によつてその手形上の権利者であることを立証し当該手形上の権利を行使することをも禁ずるものではない。(最高裁判所昭和三三年九月一一日言渡民集一二巻一四号三二三七頁参照)そして手形裏書による権利移転の効果が、裏書の抹消により如何なる影響を受けるかは抹消の態様の如何により異る。

すなわち若し実質上権利を逆流させるための譲渡行為があり、形式をそれに合致させるために裏書が抹消せられたのならば、抹消された旧裏書は無に帰し、手形上の権利は抹消された旧裏書の裏書人(その直前裏書の被裏書人または受取人)に逆流するのであるが、実質上の権利者が毫も手形上の権利を譲渡することなく、単に裏書の形式的連続を整えて、資格を回復するための便宜上、旧裏書を一旦抹消し、更にその抹消した旧裏書の裏書人から新裏書を受ける方法をとる時は、実質上の権利は依然として抹消される前の状態のままであつて権利の逆流を生ずることなく、従つてまた右の新裏書にも権利を移転する効力はない。

今本件についてこれを見るに、旧第三裏書の裏書人株式会社一〇加藤商店は、その被裏書人株式会社三和銀行より本件手形を再取得し、自ら実質上の権利者となつたこと前認定の通りであるから、第三裏書の抹消は権利の実質と形式とが一致し、権利は右再取得により一〇加藤商店に帰したものであるが、旧第二裏書の抹消と新第二裏書は毫も実質上権利を譲渡する行為を伴うことなく、単に実質上の権利者である同商店が形式的資格を得んがためになされたものなること、これまた前認定の通りなる以上、同商店は支払呈示期間経過後新第二裏書人北海油肥興業株式会社より権利を承継したものではない。而して前記の如く北海油肥興業株式会社から一〇加藤商店への本件手形の譲渡が売買代金支払のためになされたもので、しかも当時本件手形の第一裏書及び旧第二裏書(一〇加藤商店が三和銀行に譲渡前は旧第二裏書の被裏書人の箇所は白地のまゝであつた。)により右一〇加藤商店が本件手形の権利者であることは証明されていたのであるから、(抹消せられた裏書は、裏書の連続の関係すなわち形式的資格授与の関係では記載なきものとみなされるけれども、実質的権利を証明する関係では抹消前の記載を証拠とすること許されるものと解する。)右一〇加藤商店が本件手形取得につき悪意又は重大な過失があつた旨の主張立証のない本件では、仮に北海油肥興業株式会社が控訴人主張の如く本件手形を不法領得した無権利者であつたとしても、手形法第一六条第二項に則り右一〇加藤商店は本件手形上の権利を適法有効に取得したものと云うべく、そして又一〇加藤商店は手形法第一七条所定の債務者を害することを知つて(即ち控訴人主張の相殺権があつたとしても、右相殺権附着の事実を知り、かつ、ことさら右相殺権を妨げる目的で)本件手形を取得したという主張立証のない本件では右一〇加藤商店は右会社より何等控訴人主張の抗弁を以て対抗されない手形上の権利を取得したものと言うべきである。而して右一〇加藤商店は手形割引をうけて本件手形を三和銀行に被裏書人らん白地のまま裏書譲渡して本件手形上の権利を右銀行に譲渡したのであるから同銀行が手形上の権利を取得したことを妨げない。(被控訴人は右裏書譲渡は隠れた取立委任裏書と主張するがそうでないことは前認定の通りである。)そして本件手形の不渡後右一〇加藤商店が右銀行より本件手形を再取得してその実質上の権利を取得したこと(前記認定事実によると、本件の場合右一〇加藤商店の本件手形再取得は償還義務の履行によるものではなく戻裏書に代る裏書の抹消により右手形の返還をうけたものと認められるから、右銀行の有する本件手形上の権利をこれにより譲受けたものと解される。而して控訴人が本件手形につき右銀行に対し人的抗弁を有していたという主張立証はないから、右譲受にかゝる本件手形上の権利は何等人的抗弁の附着しない権利というべきである。)その後なされた旧第三裏書の抹消は実質上取得した権利につき形式的資格回復のためのものであり、旧第二裏書の抹消補箋の貼付、新第二裏書は唯裏書連続の形式をとゝのえるためになされたに過ぎず本件手形上の権利は終始一〇加藤商店にあり、何等これによつて本件手形上の権利を北海油肥興業株式会社に逆流移転させ新たに再び昭和三二年九月右会社から一〇加藤商店に移転させたものではないことは前記認定の通りである。

以上、要するに一〇加藤商店は満期前に訴外北海油肥興業株式会社から控訴人主張の抗弁権(その抗弁事実の有無は別として)を以て対抗されない本件手形上の権利を取得してこれを株式会社三和銀行に裏書譲渡し、満期後更に右銀行から本件手形上の権利(何等人的抗弁の附着しないもの)を譲受けて被控訴人に譲渡し、被控訴人が現にその権利者である訳で、被控訴人の前者である一〇加藤商店が満期後(拒絶証書作成期間経過後の意味)なされた新第二裏書により訴外北海油肥興業株式会社から本件手形上の権利を取得したことを前提とする控訴人の抗弁はいずれもその前提を欠き失当である。

よつて控訴人は被控訴人に対して本件手形金並びにこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三五年八月二三日以降完済迄の年六分の割合の遅延損害金の支払義務がある。これと同趣旨の見解のもとにその支払を命じた原判決は相当で、控訴人の本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条に則りこれを棄却すべきである。

次に被控訴人の附帯控訴請求について考察するに、約束手形の振出人は、為替手形の引受人と同様、主たる債務者として満期に於て手形金の支払をなすべき義務を負担したものであるが、満期の到来と共に遅滞の責に任ずるものではなく、所持人より、呈示の上手形金の請求をうけたときより遅滞の責任を負うことは商法第五一七条の明定するところである。

而して支払呈示の場所は如何にというに、約束手形に支払場所の記載ある場合は適法な支払呈示期間内においては右支払場所に於てなさるべく、適法な支払呈示期間経過後に於ては振出人の現時の営業所、もし営業所がないときはその住所に於てなさるべく(商法第五一六条第二項)そうでない呈示は適法な呈示と云えないと解すべきである。けだし、約束手形は転々流通する有価証券、金銭証券、指図証券で、その満期日にその手形金の支払がなされることを本質的な使命としているもので、手形振出の記載要件も一に、この本質的使命を全うすることを目ざしてなされていると解するのが相当で、されば支払場所の記載も適法な支払呈示期間内の呈示の場所としてのみ予定されているものと解すべく、手形利害関係人間に特段の約定がとり交されない限りは、適法な支払呈示期間経過後の支払場所における支払呈示は振出人を遅滞に附する効果はないものと解する。而して被控訴人が本件手形を適法な支払呈示期間経過後に支払場所に於て支払のため呈示したことは前記認定のとおりで、しかも当事者間に支払場所における右呈示を許容する約定がなされたとの主張立証もない本件では、右呈示はこれによつて控訴人を遅滞に附する効果はない。

そこで、次に控訴人に於て既に昭和三二年一〇月五日付の書面(甲第二、三号証参照)で本件手形金支払拒絶の意思を被控訴人に表明しているから、かゝる場合呈示を必要とせず、控訴人は被控訴人が本件手形金請求の意思を明かにした再度支払のための呈示をした日の翌日以降当然に遅滞の責に任ずべきであるとの被控訴人の主張について考察するに当該手形金請求訴訟の提起(訴状送達による請求)その他特段の事由があるときは現実に手形の呈示がなくとも遅滞に附する効果を認め得るが、被控訴人主張の事由はいまだ右の特段の事由に該当するとは認め難いところで、他に手形の現実の呈示を不要とする特段の事由の主張立証がないから、被控訴人の右主張は採用できない。

以上、被控訴人のこの点の主張はすべて理由なく、控訴人は本訴状の送達をうけてこれにより本件手形金につき遅滞に附されたものと認むべく、従つて本件手形金に対する右送達の日以前の遅延損害金請求は失当としてこれを棄却すべく、これと同旨の原判決は相当で被控訴人の附帯控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条に則りこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 宅間達彦 増田幸次郎 井上三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例